石 原 英 祐 eisuke ishihara1968年 千葉県船橋市生まれ
1991年 北海道工業大学土木工学科卒業
ドーピー建設工業(橋梁メーカー)入社
のち独学で建築を学び数社勤務を経て
2006年 アルトスタジオ一級建築士事務所開設
[所属団体]
北海道インテリアコーディネーター協会 会長
日本建築学会 正会員
北海道インテリアプランナー協会
新建築家技術者集団 正会員
北海道建築士会
札幌国際大学短期大学部 非常勤講師
ヒューマンアカデミー札幌校 非常勤講師
[資格]
一級建築士 第287991号
インテリアコーディネーター 980979A
マンションリフォームマネジャー 98-0352
キッチンスペシャリスト 980163号
コンクリート技士 97110397
一級土木施工管理技士 940037
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高校時代はバンド活動に明け暮れていました。
来る日も来る日もメンバーの家やスタジオを借りて練習していたように思います。
キーボードを担当していたのですが(もちろん習ったこともなく独学)、一日5、6時間はシンセサイザーと向かい合っていたと思います。
今思い出してもすごい集中力でした。
その情熱を勉強に向けていたらどんなに良かった事か、、、、、
どうもその頃から、一つのことに集中すると周りが見えなくなる性格がつくられたようです。
色々コンテストにも出させてもらって、それなりにいい成績を残せました。
本当に高校時代は充実していましたね。
大学進学を考えた時、何を仕事にしようと随分悩みました。
子は親の背中を見て育つとよく言いますが、やはり決め手になったのは偉大なる父親の姿でした。
私の父は鉄鋼・鋼橋会社に勤めていましたから、必然的に橋梁に興味を持ちました。
どうせなら”地図に載るような大きな仕事がしたい”と、土木工学科を志望しました。
大学時代、バンドも解散して特に何もしていなかった1,2年。
3年次、たまたま友人に誘われてアメリカンフットボールを始めることになりました。
当時、まだ大学にアメフト部は存在しておりませんでしたから、仲間数人でアメフト同好会を立ち上げました。
そのときは、まさか今でもアメフトを続ける事になろうとは、、、、、、夢にも思いませんでした。
そうです、私、まだ社会人アメリカンフットボールチームに所属し、現役プレイヤーです。
大学時代、橋梁への興味は薄れることなく卒業。夢だった橋梁メーカーに就職。
約8年お世話になりました。
北海道各地にも現場で行かさせていただきました。
一度現場に出てしまうと、家族とは月に1,2度しか会えません。
だんだんと私の中で、家族の大切さが強烈に感じ始めていました。
”家をそろそろ建てようかな”と考え始めた頃、ハウスメーカーはじめ建築家の住宅など色々と見て周りました。
しかし、値段含め決定要因がなく、むしろ自分で設計してみたいと思うようになりました。
その「思い」が止まらず、インテリアコーディネーターの資格を独学で取得。
そして、30歳の時に橋梁メーカーを退職。
そしてリフォーム会社に転職。
リフォームを決断する理由に、「古くなったから新しくしたい」という場合と、「家が使いづらい・気に入らないという気持ちを長らく持っていたのだがもう我慢できない」という2つが多かったように思います。
私のお客様の多くが後者でした。
それだったら新築時にちゃんとした住宅をつくればいいと思いますが、なかなかそうは行きません。
住宅設計者の多くは、「豊かな生活」をどうデザインしたら良いかを知りません。
さらにお客様は、雑誌等の見栄えする写真からくらいでしか暮らしの夢を見ることが出来ません。
私は数多くのお客様から住宅に対する不満や気に入っている点を聞いてきました。
また、その不満をデザインを通して解決してきました。
多くのお客様から「ありがとう」とおっしゃていただけて本当に嬉しく思います。
本当に良い出会いを多くさせていただいております。感謝です。
その後、数社勤務の後平成18年1月に独立創業。
独立した今、新築にはサスティナブルデザイン(時を選ばない、長く使用可能な)住宅の供給を、そしてリノベーションを通して、現在建っている住宅(中古住宅)に新たな息吹を吹き込むことで、社会貢献を果たしたいと考えております。
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